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名古屋地方裁判所 昭和63年(ワ)2700号 判決 1989年8月31日

原告

渡辺勢津子

被告

株式会社一宮名鉄百貨店

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、金一三二〇万七六五三円及びこれに対する昭和六一年一月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二分を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和六一年一月二日午後五時四〇分ころ

(二) 場所 一宮市丹陽町森本一―一先路上

(三) 加害車 普通乗用自動車(尾張小牧五六な七一一号、以下「加害車」という。)

(四) 右運転者 被告高井良一(以下「被告高井」という。)

(五) 被害者 原告

(六) 態様 原告が駐車中の車両の後部右側ドアから乗車しようとしたところ、加害車が原告の後方から原告後背部に衝突したもの。

2  責任原因

(一) 被告高井

被告高井は、相当量の飲酒状態で加害車を運転し、前方不注意、ハンドル・ブレーキ操作不適当等の過失により本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条により原告が右事故によつて被つた損害を賠償する責任がある。

(二) 被告株式会社一宮名鉄百貨店

被告株式会社一宮名鉄百貨店(以下「被告会社」という。)は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた者であるから、自賠法三条により原告が本件事故によつて被つた損害を賠償する責任がある。

3  受傷

原告は、本件事故により、左膝後十字靱帯断裂、左膝内側側副靱帯断裂、左膝関節内頸骨骨折、前額部挫創の傷害を受け、右事故当日の昭和六一年一月二日から同年三月二五日までの八三日間愛知県立尾張病院で入院治療を受け、同病院を退院後昭和六三年一月八日までの間(実通院日数三九六日)同病院、岩田整形外科医院、医療法人三仁会「師勝整形外科」で通院治療を受けたが右傷害のため、左膝疼痛による歩行障害・左膝の可動域制限の後遺症(自賠責保険のいわゆる後遺症認定で自賠法施行令二条別表所定一二級七号)及び右前額部に長さ約五センチメートル、幅約三ミリメートルの線状醜状痕の後遺症(同七級一二号)が残つた(いずれも症状固定日は昭和六三年一月八日)。

4  損害 二二四九万七〇五〇円

(一) 治療費及び診断書料 九万三〇〇〇円

(二) 付添看護料 四一万五〇〇〇円

一日五〇〇〇円の八三日間

(三) 入院雑費 九万九六〇〇円

一日一二〇〇円の八三日間

(四) 通院交通費 一〇万円(概算額)

(五) 将来の治療費等 二〇万円

前記左膝疼痛による歩行障害・左膝の可動域制限の後遺症による苦痛を和らげ、あるいは喪失された機能を多少なりとも回復するため、病院での治療及び水泳による運動を継続することが有効であると医師から指導され、これに要する費用として、治療費については一回一四〇円として週三回の割合により一〇年間で二〇万一六〇〇円、水泳による運動についてはプール利用のためのスイミングスクール会費として一か月四五〇〇円の割合により一〇年間で五四万円、以上合計七四万一六〇〇円となるところ、右費用の三〇パーセントについて本件事故との因果関係があると言えるので、これを控えめにして二〇万円を請求する。

(六) 逸失利益 八二八万九四五〇円

本件事故当時の原告の年齢三六歳の女子労働者の平均給与年額二二五万円を基礎として、前記後遺症による労働能力喪失率を二〇パーセント、新ホフマン係数一八・四二一(就労可能年数三一年)で算出すると、原告の逸失利益は八二八万九四五〇円となる。

なお、原告は本件事故前より西春日井郡東部水道事業団に勤務しており、後遺症発生後も現実には右のような減収にはなつていないが、減収にならなかつたのは、原告が職場で日々健全な者以上の忍耐と努力を傾注して職務に取り組んだ結果であり、さらには、原告は右事業団に勤務しているだけでなく、原告の夫及びその高齢の両親並びに中学生の子のために家事労働をもなしており、前記左膝疼痛による歩行傷害・左膝の可動域制限の後遺症により、右家事労働に支障がある。以上よりすれば、右逸失利益が認められるべきである。

(七) 入通院慰謝料 二〇〇万円

(八) 後遺症慰謝料 一一〇〇万円

前記二個の後遺症併合により後遺症認定は前記別表所定六級となる。

(九) 弁護士費用 三〇万円

5  被告高井の不法行為

被告高井は、昭和六一年五月一一日ころから同年九月末ころまでの早朝または深夜に、数十回にわたり原告方に無言電話あるいは本件事故の示談に関連して「事故をやつたな。ええかげんにしておけよ。うちの若い者をやらせる。正男(原告の夫)は恐喝だから逮捕する。逮捕すると言つとけ。」などと脅迫的言辞の電話を掛け、原告に多大な精神的苦痛を与えた。右精神的苦痛を慰謝するための金額は一〇〇万円を下らない。

6  よつて、原告は、被告ら各自に対し、損害賠償請求権に基づき、前記全損害の内金二〇〇〇万円及びこれに対する本件事故日である昭和六一年一月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の各事実は認める。

2  同4の事実は不知。

3  同5の事実のうち、被告高井が原告方に数回無言電話を掛けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  同6は争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告が本件事故によつて被つた損害について判断する。

1  治療費及び診断書料

九万三〇〇〇円

成立に争いのない甲第七号証の一ないし七二によれば、原告は、愛知県立尾張病院の昭和六一年一月二日から同六二年一二月二六日までの治療費及び診断書料として九万三〇〇〇円を要したことが認められる。

2  付添看護料

二九万〇五〇〇円

原告本人尋問の結果によれば、原告は入院した八三日間付添看護を必要としたと認めることができ、その費用は一日三五〇〇円の割合による合計二九万〇五〇〇円とするのが相当である。

3  入院雑費

八万三〇〇〇円

前記のとおり、原告は八三日間の入院を余儀なくされたが、経験則上その間の入院雑費として一日一〇〇〇円の割合により合計八万三〇〇〇円を要したものと認められる。

4  通院交通費

一〇万円

原告は、通院交通費として概算額一〇万円を請求しているが、その明細は明かではない(特に、自家用車を使用したとしてガソリン代を請求するにしても通院分とその他の分の比率が明確でなく書証等の提出もないし、タクシーを利用したとしてタクシー代を請求するにしても、成立に争いのない甲第九号証の一ないし一六は原告の入院期間中の昭和六一年一月六日から同年三月一九日までのタクシー代領収証であつて原告の通院分とは認めることができず、結局書証がないといわなければならない)。しかし、前記の如く原告が愛知県立尾張病院等に合計三九六日間通院したことは当事者間に争いがないところ、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は自家用車またはタクシーで通院していたことが認められるので、いずれにしても相当額の費用を要したものと推認され、少くとも一〇万円程度は要したものと認めるのが相当である。

5  将来の治療費等

一四万四七二四円

前記認定の当事者間に争いのない事実(請求原因1の事実のうち後遺症の点)に、前掲甲第七号証の七三ないし八一、原本の存在及び成立に争いのない甲第二、第三号証、成立に争いのない甲第五号証、第一〇号証の一ないし五、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告は、症状固定と診断された昭和六三年一月八日当時において、右前額部に長さ約五センチメートル、幅約三ミリメートルの線状醜状痕のほか、左膝疼痛による歩行障害・左膝の可能域制限の各後遺症が残存したこと、右の左膝の後遺症による苦痛を和らげ、あるいは喪失された機能を多少なりとも回復するため、病院での治療及び水泳による運動の継続が有効であること、これに要する費用としては、治療費については一回一四〇円として週一回の割合により年間四八週の計算で年額六七二〇円、水泳による運動についてはプール利用のためのスイミングスクール会費として一か月四五〇〇円の割合で年額五万四〇〇〇円を要することが認められる。そこで、右各年額の三〇パーセントにつき本件事故の寄与率を認め、右後遺症状に鑑み少なくとも一〇年間は右治療等を継続しなければならないものと認め、新ホフマン係数(七・九四四九)で中間利息を控除して算出すると、右費用の合計額は次の計算式のとおり一四万四七二四円となるから、原告は本件事故により同額の損害を被つたものと認めるのが相当である。

(6,720+54,000)×0.3×7.9449=144,724

6  逸失利益

一〇九万六四二九円

原告は、前記の左膝の後遺症のため、日常の生活に不便があり、肉体的労働に支障がある状態(ただ書記的事務能力の喪失は認められない)であつて、右後遺症は、「一下肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」として自賠法施行令二条別表所定一二級七号に該当するものであることが認められる。

しかるところ、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故前より西春日井郡東部水道事業団に勤務しているが、その給与は右後遺症にもかかわらず本件事故前(月給約一八万円)より減少したものとは認められない。

しかし、前掲甲第五号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は右水道事業団に勤務するばかりではなく、夫及び子(中学生)のほか夫の両親(父親七四歳、母親六九歳)とも同居して、その家事労働に従事していることが認められるので、右後遺症はこの家事労働にとつて障害となることが認められる。そうすると、給与の減額がないからといつて、右後遺症による労働能力喪失がないとするのは相当ではなく、家事労働に関する労働能力の喪失による逸失利益があるものと認めるのが相当である。そして、、その額は、前記症状固定時(昭和六三年一月八日、原告三八歳)を基準として、前記のように原告が月給一八万円を下らない給与を得ている有職の主婦であること及びその家族構成や、前記治療等により機能が多少とも回復されるかもしれないこと等をも考慮し、家事労働の度合は三八歳女子労働者の平均給与年額二二二万一二〇〇円の二〇パーセントと評価し、労働能力喪失率一四パーセント、就労可能年数は症状固定時(三八歳)から六七歳まで二九年間(新ホフマン係数一七・六二九三)と認めるのが相当であるから、その逸失利益は次の計算式のとおり一〇九万六四二九円となる。

2,221,200×0.2×0.14×17.6293=1,096,429

7  入通院慰謝料

一八〇万円

前記認定の傷害の部位・程度、入通院期間、原告の年令、家族構成等諸般の事情を考慮すると、原告が本件事故による受傷のため入通院を余儀なくされたことによつて被つた精神的苦痛に対する慰謝料額は一八〇万円とするのが相当である。

8  後遺症慰謝料

九三〇万円

前記認定の後遺症の部位・程度(右前額部の後遺症は「女子の外貌に著しい醜状を残すもの」として自賠法施行令二条別表所定七級一二号に該当するものと認められる。)、原告の年令その他諸般の事情、特に、症状固定日以後のリハビリ等右後遺症治療の見通しや、前掲甲第五号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は前記事業団より本件事故前と同様の給与を得るため相当の努力をしているものであることが認められること等をも考慮すると、右後遺症に対する慰謝料額は九三〇万円とするのが相当である。

(なお、証人渡辺たまのの証言により成立の認められる甲第六号証の一、二、証人渡辺たまのの証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、請求原因5の事実(被告本人及び被告の依頼者が、原告方に無言電話あるいは脅迫電話を多数回にわたり掛け、これにより原告が精神的苦痛を被つた事実)が認められるが、成立に争いのない乙第二号証、被告高井の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告高井が右のような行為に及んだのは、原被告間の本件事故に関する損害賠償の交渉過程において原告側から執拗でかつ強い調子で請求されたこともあつて被告高井がややノイローゼ気味になつたことによるものであることが認められること、原告本人尋問の結果によつて窺われる原告が右電話により受けたと認められる精神的苦痛の程度等の諸事情を勘案すれば、原告の右精神的苦痛に対する賠償は、本件事故による損害賠償の交渉過程に関するものとして後遺症慰謝料に含めて考慮するのが相当であり、本件事故とは別個の不法行為をもつて構成するのは相当でないと解するので、右後遺症慰謝料額の算定については、この事情をも勘酌した。)。

9  弁護士費用 三〇万円

本件事案の難易、請求認容額等に鑑みると、原告の請求する三〇万円は本件事故時の現価に引き直しても右事故と相当因果関係のある弁護士費用内のものと認められる。

三  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し、金一三二〇万七六五三円及びこれに対する本件事故日である昭和六一年一月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 寺本榮一)

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